気仙沼から宮古へ!70歳のおやじ、コインランドリーデビューと奇跡の一本松 🚐
🚢 漁師もおやじも朝が早い
俺も早いが、港の漁師も早い。

朝の5時半、目の前の港から一隻の漁船が出ていった。いったい何を獲りに行くのか、俺には分からない。
昨晩はちょっと飲み過ぎたかもしれないが、まぁ、いつものことだ。今さら反省したところで、晩酌をやめる気もない。
というわけで、朝飯はキャベツの千切りと、冷蔵庫に残っていたモツ煮。

目の前にはコンビニがあるのだが、ここは我慢。せっかくのキャンピングカー旅だ。冷蔵庫の中身を片付けるのも大事な仕事なのである。
さて、本日の目的地は陸前高田。
今回の東北一人旅も、いよいよ折り返し地点に差しかかった。
🧺 70歳にしてコインランドリーデビュー!
気仙沼から陸前高田までは約35キロ。1時間もあれば着くだろう。
目指すは、奇跡の一本松で知られる「道の駅 高田松原」だ。
ただ、その前にやらなければならないことがある。
洗濯だ。
長旅をしていると、洗濯ものがたまってくる。
Googleで検索すると、道の駅の近くにコインランドリーが見つかった。
実は俺、コインランドリーを使うのは今回が初めて。

そう、70歳にしてコインランドリーデビューである!
店に入ったものの、さて、どうすりゃいいんだ?
普段なら洗濯機の使い方くらい分かりそうなものだが、初めての場所では勝手が違う。ああだ、こうだと戸惑いながらも、何とか操作を済ませた。
やればできるじゃないか!
70歳、まだまだ世の中の新しいシステムに食らいついていけるようだ。もっとも、洗濯機の前で立ち尽くしていた時間は、あまり人には見せたくないが……(笑)。
最近のコインランドリーは、設定次第で洗濯から乾燥まで一気にやってくれる。
便利なもんだが、料金は約1,500円。
なかなかのお値段である。
こういうとき、しみじみ思うのが家内のありがたさだ。
毎日、洗濯をしてくれるのが当たり前のようになっているが、いざ自分でやってみると、そのありがたみが身に染みる。
お母ちゃん、いつもご苦労さんです!
洗濯から乾燥まで約1時間。
その間、アドリアの車内でたてたコーヒーでのんびり時間を潰す。この時間がたまらない。
無事に洗濯も終わり、いざ、道の駅 高田松原へ。
🌊 陸前高田で、震災の記憶に触れる
平日ということもあってか、道の駅の駐車場は比較的空いている。
ここには東日本大震災の記憶を伝える「東日本大震災津波伝承館」が隣接している。
館内に入るとき、受付の人に聞いてみた。
「ここは無料ですか?」
「はい、無料ですよ」
ありがたいことである。

震災の伝承施設は、場所によって入館料も違えば、伝え方にもそれぞれ特徴がある。
ここの伝承館で、俺の心に強く残ったのは、津波が去った翌日から始まった救助活動の話だった。
津波によって街は壊滅的な被害を受けた。
行方不明者を捜し、一人でも多くの命を救うためには、まず道路を塞いでいる瓦礫を撤去しなければならない。
救助車両が入れなければ、助けられる命も助けられないからだ。
しかし、そこには大きな葛藤があったという。
外から見れば瓦礫にしか見えないものでも、誰かにとっては大切な思い出が詰まった家財道具かもしれない。
そして、その下には、まだ行方不明の家族がいるかもしれない。
ただの瓦礫ではないのだ。
それでも、瓦礫を取り除かなければ、残された命を救うことができない。
この作業にあたったのは、主に地元の建設業界の人たちだったそうだ。
自分の家族や身寄りの安否さえ分からない。そんな状況の中で、人命救助のために作業を続けた人たちがいた。
会社の経営者にも、従業員を作業に送り出すことへの葛藤があったという。
自分の家族の安否も分からず、避難に関する指示も出ている状況で、従業員を現場に出していいものなのか。
その気持ちは、想像するだけでも胸が詰まる。
助けたい命がある。
けれど、自分たちの大切な人たちも心配だ。
どちらも本当の気持ちだろう。
震災の被害というと、どうしても津波に流される街や、壊れた建物の映像が頭に浮かぶ。
だが、その後ろには、命を救おうと必死に動いた人たちがいた。
こうした話は、実際に現地を訪れなければ、なかなか気づけないことなのかもしれない。
🌲 奇跡の一本松と、70歳の膝笑い
伝承館を出ると、目の前には高さ約12メートルの防潮堤がそびえたつ。

せっかくだから、上まで上がってみることにした。
ところが……。
最近の旅の疲れが出てきたのか、階段を上ると膝が少々怪しい。
70歳のおやじ、気持ちはまだまだ若いつもりでも、足腰は正直なもんだ。
膝が笑いながらも、何とか上までたどり着いた。
防潮堤の上から下を眺めると、松の木がたくさん植えられている。
かつて、この一帯には「高田松原」と呼ばれる美しい松林が広がっていたそうだ。
こんな静かで美しい海が、時には爪をたてることが信じられない。

津波によって大きな被害を受けた松原を、もう一度よみがえらせようと、多くの松が植えられている。
そして、少し進むと見えてきた。
テレビなどで何度も見た、あの「奇跡の一本松」である。

津波に耐え抜いた松として知られる根性の一本松。
実際に目の前に立つと、テレビで眺めているのとは違う感慨がある。
なお、あの一本松は震災後に枯死が確認され、現在立っているのは保存処理された木だという。
それでも、ここに一本松が立っている意味は大きい。
その奥には、震災遺構となった旧ユースホステルの建物も残されていた。

そこにあるのは、単なる観光名所ではない。
この土地で何が起きたのか、そして、そこから人々がどう立ち上がろうとしているのか。
それを忘れないための風景なのだと思う。
その後、旧陸前高田中学校へは自転車で向かったが、あいにく、工事区域で立ち入り不可だった。
しばらく周囲を歩き、陸前高田を後にすることにした。
🚐 予定変更!今度は宮古まで行ってみるか
当初の予定では、奇跡の一本松を見たら、そこから南へ戻るつもりだった。
ところが、まだ時間がある。
時計を見ると、もう少し先まで走れそうだ。
「そうだ、宮古まで行ってみるか!」
これが、行き当たりばったりの一人旅である。
計画もクソもない。
予定を立てても、その日の気分と時間次第で簡単に変更してしまう。家内と一緒の旅なら、こうはいかないかもしれない。
一人旅だからこそできる、気ままな寄り道だ。
Googleマップで調べると、陸前高田から宮古までは約90キロ、所要時間は2時間ほど。
まぁ、何とかなるだろう。
右手に海を眺めながら、アドリアのハンドルを握る。
こうして走っていると、改めて東北の海岸線を旅しているんだな、と感じる。
同じ海でも、場所が変われば風景も変わる。
そして、あの震災から年月が流れても、各地にはそれぞれの記憶が残っている。
そんなことを考えながら走っているうちに、宮古市に到着した。
🍶 今夜はアドリア特製、車内居酒屋!
午後4時前、道の駅「みやこ」に到着。
ここも平日とあって、駐車場に止まっている車はまばらだった。
道の駅は夕方になると売店が閉まるところも多い。
まずは、今晩の晩酌のつまみを物色しておこう。
あれこれ迷った末に買ったのは、鯨の刺身、鶏手羽元の煮込み、それにポテトサラダ。
よし、今夜のメニューは決まった!
本日はアドリアの車内居酒屋で一杯やることにする。

鯨の刺身をつまみながら、グラスを傾ける。
旅先で、その土地のものを食べながら飲む酒は、また格別だ。
そして、締めはラーメン。
ただし、店に食べに行くわけではない。
おやじ特製、アドリアラーメンである!

道の駅店内で買った魚介スープのあっさり系。
酒を飲んだ後には、こういう一杯がちょうどいい。
誰に気兼ねすることもなく、好きなつまみを食べ、好きな時間に酒を飲み、最後はラーメンで締める。
これぞ、一人旅の醍醐味というものだ。
……もっとも、後片付けまで自分でやらなければならないのが、ちょっと面倒ではあるが(笑)。
こうして、気仙沼から陸前高田を巡り、宮古までやって来た一日が終わった。
震災の記憶に触れ、70歳にしてコインランドリーデビューを果たし、最後は車内居酒屋で一杯。
なかなか盛りだくさんの一日だった。
明日はどこへ向かうのか。
それは明日の俺が決めること。
行き当たりばったりの東北一人旅。
宮古の夜も、静かに更けていった。
さて、明日の朝は何を食べようか……。

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